亜ヒャブログ

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謝罪と闘う

「ぼくは幸せ」と言った男の子の話 赤鼻のセンセイ・副島賢和さんの特別授業:PRESIDENT Online - プレジデント

「子供は、大人が失敗した後の態度を注意深く見ています。大切なのは、失敗を隠さずに、きちんと対応すること。たとえば子供に勉強を教えていて漢字の書き順がわからなければ、『ごめん、忘れちゃった』と言って辞書を引けばいい。ごまかすより、そのほうがずっと子供に尊敬されるはずです」

 

実家には『謝ったら負け』というルールでもあったのだろうかというくらい、自分の誤りを認めない大人しかいませんでした。

今日も小学生の頃の記憶。玄関の上がりかまちで母が落とした荷物がたまたま近くにいた私の足に落ち、捻挫のようなものをしたことがありました。即整形外科に行くことになったのですが、母は私に謝るどころか「先生に何か聞かれたら、『床にあった新聞紙で滑って転んでけがをした』と言いなさい」と釘を刺しました。本当のことを言ったら今後学校や習い事へ連れて行ってもらえないかもしれない、でも母の言う通りにはしたくない。結局診察室で母が「新聞紙で勝手に滑って転んで…」と恥ずかしそうに医者に言うのを聞いていました。医者は母の言い分を鵜呑みにしたのかなあのとき。

私が勝手にけがをしたのは百歩譲ってしょうがないとしても、家族の不注意で私にけがをさせてはならないというプレッシャーが大人たちの間で半端なかったのは察して余りあります。万が一けがをさせたら絶対に他の家族から責められるし、私の更なる介助の負担が増すのがわかり切っているから。それでも、当たり前のコミュニケーションとして謝ってほしかったです。

仕事の『謝ったら負け』な場面で正面切って理屈をこねられる人も尊敬しています。でも、適切な場面で謝れる人は大いに尊敬しています。