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亜ヒャブログ

北関東・会社員・車いすユーザー・生活・考えたこと

何度だって貼るさ

ジャパンオープンなので久々にジェーニャ動画を巡回しています。

彼のことばの中に『与えられたものはすべて開けなければならない』という一言があります。『この目的のために僕は努力しなければならない』とも。彼の才能とは比べる余地もありませんが、普段の生活の中でそこそこ自分に与えられている、絶対に手元にあるものなのに開ける術を知らないことに最近よく気づきます。鍼灸師のお姉さんに太鼓判を押していただいた腕と肩だったり、先日初めてピアノを披露したら歌の先生に「これだけできればラフマニノフの『鐘』弾けるわよ」と言われたり。

こういうことを言われるたび、『動物のお医者さん』に出ていた、小さい頃自分より重いラジカセに繋がれていたために、大きくなってもラジカセが動かせないものだと思い込んでおとなしく繋がれていた犬のことを思い出します。

高校生まで通っていたピアノ教室は、基礎的なことを繰り返すカリキュラムが細かいところまで決まっていて、あまり自由度のないところでした。それでもそのカリキュラムの上位にいたので、自分は結構できるほうだと思っていたし、その一方でそのカリキュラムを最後までやり遂げれば自分はすべてを達成できると思い込んでいたふしがありました。全然そうじゃないことに気づいたのは大学に入ってからです。同じ年代でショパンやリストやラフマニノフを弾く人がごろごろいることに驚きを隠せませんでした。

(文章に詰まったのではずみでせっぼん動画をクリックしてしまいなんか全部飛んだ)

幸いなことに楽譜も読めるようになってきたので、今自分の手元にあるもの、ないものを見極める練習をします。

 

追記:この前飛んだものが少し戻ってきました。手元にある使えそうなものをさまざまな要因で閉じ込めてしまい開ける術を知らず、それでいて自分のできることはすべてやりきったつもりになっている大変痛い人間だったということが言いたかったのだと思われます。