亜ヒャブログ

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過剰に責任を取るか、無責任など

私の最重要課題です。

 

◇過剰に責任を取るか、無責任




自分が何かをしたのではないかと不安で不安で
しょうがなくなる。

一方で「普通」の人から
見たら重要なことでも、ACは大したことないと
思ってしまう。

事が重大なときに解決をしていくということを
知らず、受動的な態度になりやすい。

暴力とか、何もしないとか、正気を失うとか。 

 

◇他人への依存。



自律的な判断が認められないのもあって
他人に依存しやすくなる。

 

『過度の責任』は前に書いた『白黒思考』と結びつきます。たとえ自分の力が及ばないことでもそれが100%自分の思い通りに運ばないとき、「ひょっとして自分がこうしていれば」と思うことは小さい頃からざらにありました。さらに、その気持ちを作文などで表に出すことで謙虚さを褒められ、受けが良いことを知ってしまうと、そこから先はただの似非美徳感を持ち続ける悪循環でした。

一方で『無責任』について。小学校の頃先生にクラスもしくは学年全員が怒られるようなことがあったとき、実際に悪いことをしたのはごく数人で私が直接何かをしでかしたわけではないのに、私はいつも先生のお説教を真剣に取り過ぎて、「ひょっとして自分がこうしていれば」の思考も手伝って毎回泣きそうになっていました。かといって泣くのも恥ずかしいし、泣いたことで馬鹿にされたくない。そこで私が編み出したのは、お説教の間中『私は悪くない、私は悪くない』と自分に思い込ませることでした。便宜上ここで怒られているけれど私は何もしていないから悪くない、だから泣かなくてもいいと。悪いことに、以降自分が何か悪いことをしたとしても『私は悪くない』と思い込む癖がつきました。転嫁先はともかくとして、責任転嫁の始まりです。

 

また、友達関係でいさかいがあっても自分の意見を出さずに「わからないなあ」と言っておけと母に言われたことは以前書きました。これも、自分の言ったことに責任をもたない下地です。「自分はわからない」と言っておけば、いざ悪いことが起きたときは他人のせいにできます。一方で自分の責任において何もしなく(できなく)なり、それでいて他人に自分の失敗を見られたり責められたりするのは嫌だから適切な報連相ができない。結局自分から積極的に何かすることがなく、成功体験も失敗体験もできないから自分に自信がもてない。

 

対策。失敗してもそんなに周囲は私のことを気にしていないと思って何でも体験を積みながら生きていく。ぼんやりだなあ。