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亜ヒャブログ

北関東・会社員・車いすユーザー・生活・考えたこと

他人の苦労話と闘う

先週のある昼食時、学生時代のアルバイトの話になりました。以前サービス業で働いていたという同僚が、「トイレは舐められるくらいきれいに掃除しろって言われた。本当に大変だったよ」。まあ当然周囲は「うわあ、大変だったね」と反応するのですが、そこで彼女は「え、みんなそういう仕事したことないの」と驚いたように周りを見渡しました。その視線の通り道に私も入っていたのですが、私のところで彼女の視線は若干素通り気味になりました。所詮私の身体能力的にそういった業務ができないのがわかりきっているので、比較したところで意味がないと思われたのでしょう。

それを皮切りに会話が苦労話系にシフトし始め、「え、学生時代にそれしかアルバイトしてないの?私は○年間これとこれのバイトをして…」と語り出す同僚も現れました。一方で私はまるで自分が苦労していないように感じられて、ものすごく劣等感や羞恥心を覚えました。

 

もし『苦労話をしてくれ』と言われたら、ざっと見積もっても小さい頃からの積み重ねで現時点で200話くらいはストックがある気がします。しかも他人があまり経験したことがない話が多いと思われるので、聞き手は「大変だったね」と反応する確率が高いと思われます。実際、障害ゆえの苦労話を嬉々として語っていた時期が私にもあり、200話のうちの何かを話して聞き手を号泣させた経験もあります。黒歴史です。まあただの苦労話からは何も生まれないので今では特に進んで言うことはしませんが。

 

「腰の手術の痕見る?」とあっけらかんと服をめくって背中をプレスに見せるジェーニャとの違いはどこにあるんだろうな。四半期が終わったばかりなのでこういうこともぼんやりと考える時間が生まれました。いいのか悪いのか。