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亜ヒャブログ

北関東・会社員・車いすユーザー・生活・考えたこと

『知ったかぶり』と闘う 補足

知ったかぶりする必要があったのは何も学校生活に限ったことではなかったのを思い出しました。

母は私に何か知らないことがあると「そんなことも知らないの?」と小馬鹿にする一方で、自分が知らないことを指摘すると「私は馬鹿だから知らない」と大げさに開き直って私をきまり悪い気持ちにさせることが往々にしてありました。後者は最低限私が指摘しなければいいだけの話なので、前者にいかに立ち向かうかを考えると、ひたすら知ったかぶりをすることに行き着くのでした。

知ったかぶりできずに辛かったこと。高校に上がる直前、隣の市に住んでいた車いすユーザーの高校生と知り合いになるべく、共通の知り合いで中学校時代お世話になった先生にコンタクトを取りました。電話した結果無事紹介していただけることになったのですが、電話を終えるなり会話の一部始終を聞いていた母が「先生にあいさつするとき最初は『その節はお世話になりました』でしょう!?そんなことも知らないの!?」。大人でもあるまいし、社交辞令でそんなあいさつしたこともないからわかるわけないだろうと今なら言いたいですが、そのとき立ち向かえなかった私は母の剣幕に押されてただ自分の無知を恥じました。そして恥ずかしさと悔しさのあまり泣き出してしまい、「何も泣くことないじゃない」と逆切れされました。

 

今はもう知ったかぶりをしても無駄だということがだいぶわかってきました。職場で若い後輩と話していると、母だったらきっと「そんなことも知らないの?」と小馬鹿にするであろう発言があったりします。でも知らないことがあったら覚えればいいんだし、後輩は私の知らないことをたくさん知っているかもしれない。だから私は『知らない』ということを馬鹿にしたくないしするつもりもありません。