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亜ヒャブログ

北関東・会社員・車いすユーザー・生活・考えたこと

「わからないなあ」及び『知ったかぶり』と闘う

記憶 生活 仕事

自分の趣味以外で個人的な主張や意見をするのが苦手です。またその一方で、知らないことを『知らない』と言うことも苦手です。

 

学校生活において、人間関係への意見をすることで面倒に巻き込まれることを避けたかったのでしょう。小学校低学年のころからずっと、「亜ヒャはAちゃんのこと好き?」「Bちゃんは自慢話ばっかりして厭なんだけど亜ヒャはどう思う?」というような周囲の人間関係の問いかけに対して、自分がたとえ意見をもっていたとしても「わからないなあ」と言ってごまかすよう母から言われてきました。

 

またその一方で、本当に知らないことに対して『知らない』ということがなかなか言えずにいました。例えばテレビ番組。実家は弟が生まれるまではNHKしか見せてくれない家でした。民放のアニメやバラエティ番組を見られる機会はほぼ皆無。でも田舎の小学生の情報のソースがだいたい民放のテレビ番組でできていた時代、それらを見ていなければ話題についていけません。低学年の時点で既に割と漢字が読めるようになっていたので、毎朝新聞でテレビのラテ欄や番組情報の記事を食い入るように読んで情報を取り入れ、サブタイトルから番組のあらすじを推測することによって、おおよそついていくことができました。周囲と話したい一心で編み出した、小学生にしては割と高度な技術でした(今文章にして初めて気づきましたが、この情報収集の癖だけは今でも残っています)。それでも実際にそれらを見ていたわけではないので本心からの感想を言えるわけでもなく、結局私にとって消化不良な会話になってしまうのがオチでした。

 

「わからないなあ」と言いながらも自分の意見を心の中に持ち続け、そしてそれをどこかで吐き出す場所があればよかったかもしれません。でもそんなうまいことはいかず、この癖は私の意見を抑え込み続け、転じて自分の決断を信用できず人の意見に耳を傾けすぎるという現象になって、社会人の私を至るところで邪魔しています。知ったかぶりは私生活ではその必要がなくなったのでだいぶ改善されてきましたが、仕事ではちょくちょく現れます。良くも悪くもベテランになってしまったので余計に。